もう一度

 今年ももうすぐ終わろうとしている。この一年何が心残りだったろうか。もう一度そこに戻れるならば何を取り戻したいだろうか。やり直したいことななんだろう。あの時の一言、あの時のまなざし。もう過ぎて行ってしまったのだからどうにもならないが、手繰り寄せて切り取ってしまいたい記憶がある。こうやって忘れられるものならば忘れたいことの上に忘れたくない記憶が積み重なってゆくのだろうか。記憶の幾層もの重なりの下から、ふっと浮かび上がる痛みがあるから、人生は味わいがあるのかもしれない。もしどこを切り捨てたら楽になるのかと問われても、答えは見つからない。
 もちろん、生きてみたかった人生はある。生きてそしてかなえてみたかった夢もある。それが形を変えて今の人生の中に流れているのだとすれば、この人生も又捨てたものではない。音楽の分野でいえば曲全体を支える低奏楽器がある。そのゆるぎない存在の重さがあるから、幾重にも重なりあったメロデイが軽やかに重なり合うことができ全体として破綻をきたさないのだろう。
 もう一度この道を生きてみたいかと問われれば、私はきっともう少し賢く、考えながら生きる人でありたいと答えるだろう。もっとやさしく、もっと暖かく、もっと豊かに生きる方法があったはずだ。私に、もう少し生きる時間が与えられるものならば、そのような歩みを刻んでゆきたい。