人は別れてみなければ

せみが鳴いている

 この日が最後の出会いであったことは知らない。もう二度とその人に触れることができないことを知るのは過ぎ去って遥か時間の経過の向こうで。そうやって私はたくさんの別れを重ねてきた。今年の夏はもう二度と来ないのだし、その時自分が見てきたものを、聞いたことを、もう二度と体験することはできないのだ。そう思いながら今年最後になるだろうこの蝉の声をじっと聴いた。声を限りに泣きながら相手を待っているのはオスのセミだ。相手は見つかったのだろうか。子孫を残すこの最後の夏。虫には記憶能力がないのだろう。一瞬のうちに過ぎ去ってゆくこの瞬間のなんと鮮やかなことだろうか。
 なんとなく生きているような時間を持たない虫の世界を愛おしいと思う。