子供の頃の冬の記憶

 雪かきが一大イベントだった。屋根の雪下ろしもやった。もっとも私はまだ幼かったから雪を下ろすというより、屋根に一緒に登って、下ろしている父が事故に巻き込まれたら通報する役目だったらしい。雪崩になって落ちる雪に巻き込まれて一緒に屋根から落ちたら雪に埋もれてしまって死んでしまう。決して一人で雪下ろしはしてはいけないものだと教えられた。
 雪は魔物だ。屋根に登って下を見たら、当たり一面の白でどこが屋根の終わりでどこが地面の風景なのか一瞬見失って、足を踏み降ろしてしまう。一冬に何人もの男たちが屋根の雪下ろしで死んだ。
 それでも真っ白な雪が深々と降り積む姿は息を呑むほど美しい。誰もいない真っ白な世界に街灯がぽつんとと立っていて、其の光の中を斜めに雪が降っている風景はいつまで見ていても飽きない。雪はこんもりと丸く積もる。その姿は愛らしくておとぎの世界のようだ。
 だれも踏んでいない雪に足跡をつけてゆく。雪は小さなシャラシャラという音を立てて降ってくる。無音ではない。その音を耳のそばで聞きながら、世界の様子が変わってゆくのを眺めているのはワクワクする楽しみだった。
 雪にもいろんな味がする。空気中の埃やゴミの味であろうけれど、林の雪は木の味がした。微かに木の香りが混じっていたのかもしれない。スキーを履いて木の間を走ってゆくと自分が林の中の生き物になったような気がした。
 夕暮れが近くなってやがて雪がザラメからアイスバーンに変わるころ、汗でベトベトになった背中とガチガチに凍った手袋がもう帰るしかないと教えてくれた。自分が普段まとっているものを脱ぎ捨ててもっと周りの風景や生き物に近くなったような不思議な気持ちを味わった。
 幼い頃、青い濃紺の空からキラキラと細かな凍った雪が降り注ぐ中を走り抜けていく夢を見た。何度も繰り返して同じ夢を見た。その夢が見たくて、今夜はあの空が見えますようにとお祈りして眠った。今もあの音や空気の張り詰めた寒さやシャラシャラという雪の音を思い浮かべる。あれは北海道の中でも寒さの厳しい北見の冬の思い出だろう。雪の林は、秋田の千秋公園の本丸の冬景色だと思う。おとなになって、たくさんの土地のたくさんの冬を体験したのに、もう一度味わってみたい雪景色はこの2つ。どちらももうないのかもしれないのだけれど。