それでも

 私には話せることがあるはずだ。生きていることを喜び、感謝し、にも関わらず生きることは苦しく痛むことも多いと嘆き、老いてゆくこの時間の旅を愛おしい気持ちで歩むことを、あとからくる若い人達に伝えることはできる。誰も自分の年齢から逃れることはできない。老いは確実にやってくる。その意味や姿や心の動きを知るのは追いてゆく人から教えてもらうしかない。私は老いた人と関わることなく育ってきた。だから今自分がその場所に立ち未知のものに向かって恐れを感じている。
 子供たちに残してやれるものは、人はいかに歳を重ね、そして死んでゆくのかということ。私は死んでゆく人と最後の時間を共に歩むことを生涯の仕事と思って生きている。子供たちに残してやれるものは私がたくさんの亡くなっていった人達から学んだ「生きること、死ぬこと」のささやかな旅の案内書だと思う。
 子供たちにとっては望まない道案内かも知れないが。それはそれでいいと思う。私が自分の人生を振り返り、命と関わり続けてきたこと、人を育てることに喜びを感じて生きていた人がいたことを覚えていてくれたら、長い人生の中でなにかの役に立つのかもしれない。