忙しさに

出口

 嵐のような日々を過ごしている。忙しいのは私だけではない。私の関わっている人たちもそれぞれ忙しい。学校に行っているはずなのに行ってないひと。働いているはずなのに寝ているひと。自立して暮らしているはずなのに入院してしまったひと。一杯予定通りに進まない現実が湧き出てくるのがこの季節だ。新しく歩み始めた時に、今まで抱えていた問題が急にカレンダーをめくるように切り替わる物ではない。取り残されていくのは希望。夢。その時の周りの喜び。祝福。覚悟。
 その存在が現実の無残さをいっそう際立たせてしまう。救いであるはずの前に進めるはずの力が、むしろ今の自分をさいなむ。この不条理。生きるためにはこのやりきれない今を何とかなだめて自分の気持ちを整えて行かねばならない。私はそのやりきれない現実に寄り添いをしている。生きてみようかとの思いが湧き上がってくるのを待っている。
 雨が降ってお天気が曇ってくれば少しこの切ない苛立ちをやり過ごすことができるようになるのかなと思いつつ、見守っている。