今日は海のそばの施設訪問

夕方に一瞬光るビルがある

 ちょうどお散歩時間程度の距離。車で30分ほど走ると海辺に出る。空が大きく開けていて海との間には松林と小さな丘陵がある。畑が広がっていてこじんまりと新興住宅地がある。国道を挟んで周りには人の姿はない。有るのは生活の気配だけ。
 老人施設が何でこんなにも町外れにあるのかと思う。いくつかの事情があるのはわかる。まず土地の価格。この場所なら格安で購入できる。それから人の生活のにおいがしないことの利点は、失ったもの、手放したものを思い出さなくてもすむから。いくら認知症であっても、見てしまえば思い出す。家族の日々。人のぬくもり。何もないほうがよいこともある。思い出すきっかけがないほうが過去に向かってさまよい出ることもない。
 単調に見える施設での生活も決して単純なものではない。人が生きてきた事実はその実生活から移植されてもなくなるものではない。自分の生きてきた場所から移されたことで不安定になるのは当たり前の反応なのだ。あるひとはさ迷い歩き、ある人は怒りを露にし、ある人は時間を見失う。それは自分を取り巻く世界が確実性を失うことにつながっていく。世界を再構築するために現実と非現実のつじつま合わせが行われる。それは現実しか見えない回りの人間にとって理解を超えたものとなる。
 私に何ができるのだろうか。この生活の場所が自分自身の最後の場所であることを良き物として受け入れ、適応してゆくか。その手伝いができることを目指す。それはちょうど畑に球根を植え込むこととにている。やがて時が来れば自分の願ったものが芽を出し、葉を茂らせ、つぼみをつけて花開く。それはかつて幾度も自分の体験として繰り返してきたことなのだとわかったら、この見知らぬ空間も自分自身の生活の場所になってゆく。いくつかの季節を繰り返し、自分自身の足跡を確認しなければならないが、もはや自分自身に見分けがつかなくなってしまった人はどうやったらそのもやの中から出ることができるのだろうか。新たにこれが自分だというものを作り出せない場合は、自分さえも不確かなものとなってしまう。
 そんな時、じっと手を握ってくれる誰か信頼できる人が炒れば、その暖かさが支えとなる。もしかしたら私の役割はそれかもしれないと思う。