おうち

 賃貸の戸建も見た、マンションも見た。徹底的に全市を一件ずつピックアップして価格も物件も調べつくした。親分の調査能力には脱帽する。そして現在に至るまで、私たちの希望の物件は見つからなかった。ベターもベストも無いとすればニーズを最低限満たす物件は無いか。
 この街は丘陵地帯を切り開いた民間造成団地で成り立っている。道路事情の悪さは先の宮城県沖地震で実証済み。冬場の路面凍結を考えると出来る限り平坦な地形が望ましい。マンションラッシュで物件はあるけれど、もはや利便性のよい場所には十万台の物件は無い。駐車料金・管理費・共益費などなどくわえてゆくととんでもない数字が出てくる。 郊外は丘陵地帯になって道路事情が不安。地下鉄は東西にしか走っていない。
 くたびれ果ててふと公団を狙ってみたらと思った。どのみち時間限定の仮住まいだし、持ち家のある強みで、娘が社会人になるまでの限定期間であれば、この際公団でもよいではないか。調べてみたら私たちの希望の大きさには50平米ほど足りないが87.57平米の住宅がある。駐車場2台借りてもほぼ10万で収まりそう。姫の学校も何とか自転車で通える範囲にある。だめもとでオープンハウスに行ってみた。募集はたった一軒のみ。無理だねと思ったけれど仮申し込みをしてみた。さっき連絡があってOKが出た。へ?
 「今更公団かよ」と笑われても、これだけ徹底的に調査して挙句のことだから、ちっとも恥ずかしくない。この街の賃貸状況は借り手の都合も借り手の気持ちも全く考慮に入れてはいないし、貸す側の理不尽な申し出を、何でお金を払う側が承らなければならないのか。だんだん腹が立ってやりきれなくなってきた。
 私は持っているものが持たないものに無理難題を吹っかけているような傲慢さを感じた。生活の汚れをそのまま置き去りにしたような貸家、ごみも家財も隅に押し込んだままの家、冷蔵庫も洗濯機も設置スペースの無い家、畳とふすまだけ一部取り替えて完全リフォームという家、書き出したらきりが無いほど沢山のものを見た。新築の賃貸物件に付けられた条件の数々も見た。地震が来るであろうこの街で一体人は何を夢想しているのか。今しかお金にならないとあせっているようだ。
 正直に言えば、家を買わないと決めたら、ぐんと選択の範囲が狭くなってしまったのは事実だ。買取であればまだ物件はあった。しかし私たちは神戸の時も沖尻のときも、宮城県沖のときも救援にかかわっていたから地震がどんなものか、身にしみている。自然の力の前に人間は無力だ。失う時は全てを失う。物にしがみつく生き方はむなしい。
 公団の味も素っ気も無い必要最低限のむき出しの住居がかえってすがすがしく見えた。礼金なし、保証人なし、紹介料なし、更新料金なし、保証金なし。敷金三か月分のみ。アアさっぱりとしているではないか。