なぜ土地から離れられないのか

 彼女が気になることを言っていた「泥棒がはいってきている。コシヒカリをみんな家に抱えているから、外から入ってきた人たちに盗まれてしまう。自警団を集落で作って交代で寝ずの番をしている。」「一匹で1000万円以上する錦鯉や、闘牛の牛がいるから土地からはなれられないのよ」「小千谷縮みはもうつくれないから、高くなって普通の人の手にはいらないね」「織り手も織元もみな諸倒れ。小千谷縮みそのものがもうなくなってしまう」集落の結束が固いからよそから来た人は直ぐ分かる。知らないヒトが「黙って入ってきて車で持っていってしまう」「下手に放送されるともっと被害が大きくなるから誰もいえない。」 
 思い出すことがある。新潟生まれの義母が私に喪服の反物を用意してくれた。自分がもう長くないと分かっていたから、自分の葬式に嫁の私が困らないようにと。親分の家はいわゆる旧家なので、若い嫁であろうと洋装の喪服というわけにはいかない。分家に格落ちしないように小千谷縮の喪服だった。義母の葬儀に一度だけ袖を通した。養母、養父、実父、息子。その後の葬式はみんな洋装で通した。あの喪服は義母のためだけに着たかったから。もう28年前のことになる。