ウイスキー

 普段はあまり必要ではないけれど、この頃、ひょっとウィスキーを飲みたいと思う時がある。お酒が好きというわけではないので、いったい何に対する反応なのだろうかと思う。思い出がある。
 昔BABAが甲状腺癌の宣告を受けて緊急入院した時、深夜、人の気配を感じて起きてみると,JIJIが一人でウイスキーを飲んでいた。晩酌もしない人で、お酒を飲むとすぐ真っ赤になって体がお酒に向いてない人だったけれど、あのころはよく一人でグラスを傾けていた。よくよく苦いお酒だったと思う。
 私がこの頃、ふと飲みたくなるのは、言葉にできない思いが胸の中に渦巻いているからだろう。楽しいとか悲しいとかではなく、言葉にしてはいけない思いを、飲み下しているように感じる。

 言葉にしたら、それは私に刻み込まれて、もはや消すことができない現実になってしまう。そんな時、私はJIJIのようにウィスキーを飲むのだろう。酔いはしない。ただ感覚が少し遠のく。現実が少し向こうへ行く。それ以上のことは望まない。望んではいけない。この現実から逃げられはしないのだから。現実から逃避できるはずもないし、望みもしない。沈黙を沈黙として受け入れるだけ。