家族・夫婦

 子供たちが家の中から消えていったらきっと自分と真っ向向き合わなければならなくなってしんどいかもしれないな。「孫ちゃん」「ワン・ニャン」命の友人たちを見ていると、どこか目をそらしているように感じるときがある。ご縁があって他人同士が家族になる。その結果が幸せだけとは限らないし、それぞれの人格が完璧なものであるなんてありえないし、人間というやつは、とことん扱いにくく、自分勝手な生き物だと思う。だから自分自身をきちんとコントロールしなければ他者を傷つけたり、犠牲にしたりするのは当たり前ではないか。それがわからないのはなぜなのだろうか。
 特に私がカウンセリングを業としているから、本音に向き合うことが多くて、そう思うのかもしれない。人間ほど生きにくさを抱えた生き物はないだろうと思うことがある。我と我がぶつかり合う時、支配被支配の関係があれば、そこで何かがゆがめられて弱者が自分を殺して飲み込む関係で安定することが多い。そして弱者が病気という形で反撃することがある。勿論無意識に。病気による弱者支配がはじまるとさらに弱者の立場にある人が犠牲になる。家庭の中にDVがあり夫が妻を支配し、妻が鬱になり、子供がアダルトチルドレンになるという構図は、あまりに多くて、それって普通だよね、とさえ言われてしまう。
 

 意識して、ゆったりと生きようとすること。自分を殺さないこと。ゆるりゆるりと揺蕩ってみる術を見出すこと。それを真剣に考えて、人生の締めくくりをしなければ、せっかく生きたこの人生を、生き間違ったと後悔することになるかもしれないと、このごろ思う。