被災地にたくさんの心理専門職が入っているが

チョウゲンボウかも

 支援するものもまた被災者であり、しかも被災の程度はか関わっている人たちよりも軽度であり、そこに排除される者としての自分を感じていたたまれなさを感じてしまう。それでもそこにとどまって支援者としての自分を生きようとする。
 そしてよそからやってきては去ってゆく人々にもみくちゃにされても、何も言えない。その人たちは期間を切り、予算をもってやってきては去ってゆく。身を守るために現地の住人は何を感じても痛みになる。そこから見えてくる利害感覚にさいなまれてしまう。聞いている私も同じ立場であり、やりきれなさを感じている。


 同じように子供を亡くした親たちの中にも、怒りに支えられて裁判を起こし子供の死の責任と誘因を追及する人もいれば、もう何も触らないでほしい、私たちよりもっと悲惨な人たちの支援に回ってほしいという人もいる。


 同じ悲しみの状況であってもその人ひとりひとりに表れている感じは異なって表出される。痛みに満ちていても表面化してきたものは異なってくる。何もなかったら、この感情の屈折は起きなかった。

 あの震災がもたらしたものは 予測しようもない現実の圧倒的な破壊だった。人生の根源を破壊され、なおその場所に生き続けることは残酷で無残だ。そしてそれが何もなかった人たちの社会の中で現存する。失ってしまった私と、失わずに済んだあなたとが共生するむごさ。そこに入って何ができるというのだろうか。心理職の無力さを改めて確認する日常である。