記憶というものは不思議なものだ

冬近くの日差し

 何かの拍子に一瞬で、気持ちが「その時その場所」に戻ることがある。あまりに感覚が生々しいので自分がどこにいるのか混乱する。良い記憶もあれば悪夢のような記憶もある。ああ忘れたいと叫ぶ記憶もある。それが戻ってくる予告も予兆もないから、いつもフラッシュバックは受け身だ。街角で目に写った風景が数十年前の音や匂いを連れてくることがある。その余韻の中で「あの時のあの人とこんな話をした」と思うことがある。もうその人は亡くなってしまい二人の間にはお互いが見知らぬ時間が流れている。しかし記憶の風景の中にはその一瞬の二人がいる。あの日の私は今ここに生きている。私の心のどの部分に隠れているのだろうか。海馬という名の可愛らしい記憶の器の中に眠っているのだろうけれどそんな生物学的なことではなく、形にも成らず手で触れることもできずただあることしかわからない幻の風景の国なのだと思いたい。