エアコン

 仕事に行っている間にエアコンが設置されていた。家族が人間だけなら買わなかった。デグーが温度差に弱いので購入した。この夏は酷暑だというから。昔、福島にいた時36.6度の日に飼っていたシマリスが死んだ。あの可哀想な気持ちはもう二度と味わいたくない。
 いつからこんなに命に敏感になったのだろうか。人よりたくさんの生死の場面に関わってきたからかもしれない。医療関係者との違いは、私は体の生死よりも心の生死に深く関わってきたところだろうか。立っている場所の違いが見えてくるものの違いになるのかもしれない。
 体が死んでいくプロセスの中で激しく心を燃やす人がいる。その最後の時が来ると、死はこの人に勝つ事はできなかったなと思う。死でさえも奪うことのできない力が人間にはある。命には、ほとばしる力があると私は感じる。残された人に生きる勇気を手渡す死がある。豊かなる死があるから、出来ればそんな人生の締めくくりを望む人にはその望みを叶えてあげたいと思う。その反面、枯れてゆくようにいなくなりたいと願う人もいる。ひっそりと静かに消えてゆくことを願うひとにはそのような死が訪れることを願う。 人生の姿が一様ではないように、死の姿も一様ではない。
 それは人間だけのことではなく小さな生き物にだって同じ事が言える。たかがエアコンでこんなことを思いめぐらしているのは滑稽かもしれないが。暑さの中で喘ぎながら死んでいった姿が忘れられない。