つぼみ

芽吹く

 愛らしい形だと思う。指をあわせて天に差し出しているような形。こぶしのつぼみだと思う。やがて解けるように花が開き純白の花びらが空に映える。雪が終わり辛夷が咲きマンサク、レンギョウ、雪柳、木蓮と季節の木々は花を開く。どこからか木犀の香りがするようになると山茶花が満開になる。桜に映り行くまでの様々な花の移り変わりは心を浮き立たせてくれる。生きていることをこんなにも素直に喜んでいる姿は私たちにも喜べと言っているかのようだ。たとえ何があっても喜びの種はそこここにある。見つけさえすれば。気がつきさえすれば。
 交通事故で自分の人生を失ってしまった人と出会った。その人に、生きることをもう一度取り戻して欲しくて、一日の終わりに三つだけでよいから「良かったこと」を拾い集めて書いてもらった。どんな酷い一日の終わりでも、そんな日だからこそ、嬉しかったこと、幸せを感じたこと、良かったことに気がつくことは奇跡を見つけるようなものだった。ある筈のない小さな喜びのかけらを拾い集めながら、その人はもう一度自分はこれから何が出来るのだろうかと思うまでに至った。
 人は誰もが自分だけの花の芽を持っているのではないだろうか。気がつきさえすればそのつぼみは花になれる。たとえ死の床にあってさえも花は咲く。