この頃の行き違いを考える

何もなくなった

 22年度の終わりにあの大震災が来た。そして物事が何も解決しないままに23年度になった。新年度の始まりもほとんどが6月以降にずれ込んだ。その後も会議の場所も取れないまま事実上休止の状況でやっと動き出したら上半期が終わって秋になってしまった。 そこで今までどこかにいた人たちがやってきて「今まで何をやっていたの」と騒ぎ出した。何とかつないできた人たちは疲弊しきっているのに、その人たちは充分自分の時間をとった後なので元気だ。この気持ちのずれが心の中にわだかまりを生む。


 自分のことをさておいても、何とか途切れずに活動を支えてやってきた人たちの気持ちは、評価されないまま非難を浴びる。やってられないと去ってゆく人もでてくる。ほかに活動の場所を探してそちらに自分の時間をつぎ込んでゆく人も出てくる。そんな状況が見えてきて、どうにかならないものかと思う。
 時間の経過の中でゆっくりとお互いの気持ちをすり合わせてゆくことが大切なのだろうと思った。思ったけれど、現実の関わりの中でこのひりひりした感情を抱えてゆくのはなかなか大変だとも思った。