遺族から手紙がきて

まだ頑張って咲いている

 その返事を書く。ゆったりとした時間が流れて欲しい。現実に起きていることはかなりきついことが起きている。十年前のタイムカプセルをあけたが、本人はすでにこの世にはいない。希望と優しさに満ちた気持ちだけが、届けられた。これはきつい。慰める言葉はない。これが現実なのだ。もしこの死が予見できていれば、タイムカプセルは懐かしくいとおしい贈り物になったかもしれない。不慮の死であったがゆえに、それは無残に砕けた夢のかけらになってしまったと感じられる。
 文字を連ねながら、私の心にもどうにもならない悲しみが渦巻く。差し出された手を握り返すことが今できる精一杯のこと。
 今日は二人の方に手紙を書いた。穏やかな時間が訪れますように。祈りながら言葉を手繰る。
 そして思う。今年は未だ凧を揚げていないなあ・・・あの子に手紙を届けたい。天国に風に乗って私の手紙は届くだろうか。たこの糸を伝わって私の手にあの子の伝言が届くだろうか。それとも雪のひとひらにあの子は手紙を託すのだろうか。こんな夜は、しみじみとあの子のいた日々の記憶にたゆたっていたい。