スーチーさん

 65歳になられた。存在を知ってから彼女が自由だった年月はいったい何年になるのか。ミャンマーの状況はちっともよくならない。一人の女性が生涯を戦いに貫かれているのは、同じ時代に生きるものとして、胸が痛む。軍事政権独裁と一言で言ってしまうけれど、その中で生涯を送っている、逃げ場のない国民の姿が見えてこない。
 ミャンマーの難民の姿を知っている人はどれくらいいるだろうか。スカウト活動の中で私たちは難民キャンプにピースパックを送り続けてきた。学用品とささやかな日用品を入れた手縫いのナップザックにもなる布袋を送り続けた。それを受け取った子供達ももう大人になっているだろう。
 ミャンマーと国の名前が変わり、国旗さえ見たこともない国旗になった。国民は如何思っているのだろうか。中国との歴史的な関係があるから、軍の力が強くなっていった事情はわかる。しかし、そこに生きている人々の生活は満たされているのか。子供達に希望はあるのだろうか。軍事力によって従わされ続けて、幼い子供達は自分の将来にどんな夢を見るのだろうか。
 スーチーさんは消えかかった希望の炎を自らを燃やすことでかろうじてかざし続けているように見える。世界はこのひとりの女性に耳を傾けなくてもよいのだろうか・・・胸が痛む。きりきりと痛む。イギリスの植民地だったビルマミャンマーになり、アジアの国々がたどった道がこんな形で現れている。植民地であった国家が歩んでいく道ははるかに遠いように思う。国民を忘れて物事が表面だけで流れて行くことを私たちは警戒しなければならないと思った。