こんな夜は

 りんごの皮をむく。心騒ぐ時は丁寧に静かな心で赤いりんごをむくとよい。
赤いりんごの実は、幼いころの屈託のなかった日々を思い出させる。
裏切ることも、傷つけられることも、憎むことも、悲しむことも、みな外の出来事。
守られて、何も知らず、気づくこともなく、明日を疑うこともなかった。
あのころの平安はもう失われてしまったけれど、大人になるということはそのすべてを飲み込み、受け入れ、担ってゆくこと。ふと、あのころの無心に会いたくなって、心のままにりんごをむく。
私にそのことを教えてくれた父も、母ももういない。私は独りになった。今、私が、守りたい人のために、りんごをむく。