今日は

雲の顔?

 朝っぱらから死にたい人が次々と。話を聴くと、本当にどうやって命を繋いだらよいのか私にもわからない。ただあくまでこれは本人の問題なのでもう一度考えるチャンスをお互いに模索する。あきらめないでと言うのは簡単。そんなことで死なないでと言うのも簡単。本人にとってはそんな見ず知らずの他人のわかったような御託など聴く気にもならないだろう。私は黙って思いのたけを語るに任せる。話し尽きることなどないだろう。きっと胸の中を空っぽにすることなど出来ないだろう。限られた時間の中で思いを語り続けても空っぽにはならないだろう。もちろん思い直して欲しいと願う。生きてさえいればいつかよい日も来ると思う。しかしそれを今言ったところで心は晴れはしない。ひたすら静かに思いのたけを聴く。聴くことで心の整理が付くならばそれでこの人は自力で生きることが出来るだろうと思うから。本当はもっと心を寄せることの出来る人がこの人の痛みを分かち合えたならと思う。カウンセラーは所詮誰かの代わりだ。いのちのやりとりに関わっていても、影響力のあるひとりの存在には勝てない。人の心は複雑だけれど、誰の心にも優先順位がある。他人でしかないカウンセラーはその末席。それしかいない方がこのごろ増えてきていることが気がかり。人間関係が不全を起こしている。