一人・独り・ひとり

 今日は家族は誰もいない。わたしは一人だ。親分は今日とあさっては仕事で戻れない。今まで彼がいないことには慣れているけれど、姫がいないことに寂しさを感じる。やがてこの生活がわたしの日常になるのだろうにと思うが、おかしいな。だって何でわたしが残ると思うのだろうか。わたしのほうがさきに去ってしまうかもしれないのにさ。自分でも何でそう思ってしまったのか、分からない。きっとこの独りっきりの時間が心地よいものなのだと思う。
 それはまだ皆が生きていて絆があるからだろう。もしこれが死別した挙句の独りならば、きっと心のありようは違うものになっているだろう。そしてわたしの生活の場所が人の気配に満ちた場所だからだろう。あの海のそばの施設のように暗闇の中に建物がぽつんとあるだけならばきっと耐え難いだろう。林の中に住みたいと願った時期があったけれど、今ならきっと耐えかねるだろうなと思う。若ければ自然の中に生きることはたやすいが、老いを感じながら独りで自然の中に生きることは強い精神力を必要とする。
 ターシャを思う。動物に囲まれ、絵を描きながら彼女は何を聞き何を見、何を感じ取って生涯を送ったのだろうか。出版以外にも自分のブランドを持って企業活動もしていたから、社会性とバランス感覚に優れた良い面を表面に押し出すことができたのだろう。あの場面には見えない沢山の人間達が回りに居たのだろう。妖精のように。そして彼女の一人を守ったのだろう。時折影のように見え隠れするターシャの家族とその一族の姿がなければ維持できない生活なのだろうと思う。
 もしわたしにもそんな形の生き方が許されるならばしてみたいものだと思う。姥捨て山ではなく姥生き林で豊かに生きてみたいものだ。夢を見る。今夜は独りの夕食を作る。ガリラヤのオリーブオイルで沢山野菜を食べよう。塩と木の実の油があれば豊かな食卓は作れる。