ありゃりゃ

今戻ってきた。先日来、虐待の疑いのある方が緊急入院した。内科的な問題で、あざの件は分からないがとりあえず、安全な場所にいるわけでほっとした。神様ありがとう。私はあの青あざが誰によってつけられたか気になるが、とりあえず今はその心配が要らないところにいる。なんとありがたいことか。私の収入は減るけれど、そんなこといっていられない。年齢を重ねて自分の思い通りにならないことがたくさん出てきて、そのうちもう何がどうなってということも分からなくなってしまって、人は老いの中に沈んでいくのかな。最後の一瞬まで明晰でいたいと願うのはかえっておろかなことなのだろうか。 元気印といってテレビの健康食品のCMにでて来るご老人を見ているとむしろこの人たちが不自然なのかもしれないと思ったりする。自然に任せて朽ち果ててゆくことは難しいことなのかもしれない。この時代は追い立てられるように、元気元気と背を押される。私は私の老いを歩みたいのだ。静かに私らしく自然に枯れてゆきたいのにエイジレスにあおられて気持ちが苦しい。自然に生きるということはけっしてみにくくなることではないのになあ。