サボテン

 その昔、師匠が買っておいて行ったサボテン。今年は沢山つぼみをつけて見事だ。今から楽しみ。こんなに花芽をつけるほどお世話はしていませんが・・・と少々申し訳ない。ギュダ君のサボテンも彼が蒔いた種から発芽したのが4つ。育ったのが2つ。このまま元気で育ち続けて欲しいなと思う。彼が亡くなって後、この小さな芽が顔を出したとき彼からメッセージを貰ったような気持ちになった。「生きてよ」と。
  

 さあ今日も今日なすべきことをしよう。そして心穏やかに過ごそう。心を騒がせることは沢山あるけれど、今しなければならないことを穏やかに片付けよう。その先のことはまたその先にやろう。あせるとろくなことは無い。

 しかし地震の救助作業、ライフラインの復興など、なんてこの国は凄いのだろうと思う。粛々と今出来る最良のことをやる。道が無ければ道を作り、重機が入らなければ入るまでスコップ一本の出来る最大限のことをやる。諦めたり投げ出したリ、出来ないことを嘆いたりしない。台風が来たり、火山帯ゆえの地震などこの国に住むものの宿命なのだけれど、そこに住む者も、救助する者も自分のやるべきことをやっている感じがする。こんなときだからこそ、この国の民族性を感じる。ミャンマー,中国と続いているからなおそう思うのかもしれない。姫がつぶやいた「小学校が避難所になっている。壊れていない。仕事に行く人も居るって・・・大人…大変だな」こんなときでも仕事に行くのは凄いことだけれど、色んな仕事があるからね。人間と関わる仕事をしている人は自分だけ安全な場所に居ることは出来ないし、酪農家はいつもと同じ世話をしなければお乳が止まってしまうし。仕事によっては有無を言わせず通常業務をしなければ立ち行かないものがある。家畜の世話をしている人は大変な苦労だろうなと思う。
 また、日常飲んでいる薬を持って避難してきているわけではないし、薬の名前を知っているお年寄りがたくさん居るとも思えない。きちんと飲まなければ命に関わる薬もある。それら全てを、救助に入った医療チームが網羅できるわけではない。それでもまずそこを第一にやろうとしている姿を見て、この国の災害救助の基本姿勢はまだまだ捨てたものではないと思った。人間が見えてくる救助のあり方は正しいと思う。
 特に被害の大きかった山間地区は独リ暮らしの高齢者や、老人施設に暮らす方々の多い地区で助け出される姿も高齢者が目立つ。これからの生活の再建はどうなるのだろうか。農業林業、畜産業とこれからはっきりするであろう地域特有の第一次産業に関わる被害はかなり深刻なものになるだろうな。
 我が家では、余震の中たまたま彼は職場に泊まっている。昨日一回、様子確認の電話が入った。お互い異常なしで安心した。ささやかなことだけれどその気持ちがありがたかった。コチラからは職場に電話は掛けにくい。