昨日

仕事先で眼鏡のフレームが壊れた。眼鏡がなければ全く何も出来ないので近所の弐○堂に駆け込んで直してもらったが掛けはずしが頻繁なのでフレームが持たない。そこで緊急発注。ああ・・・・予想外の出費。微妙な度数の違いで車の運転と手元用に近視用のものを二つ交互に使っているからな・・。不自由この上なし。昨日新たに仕事が入る。昔は羽振りが良かったけれど相方が誰かの保証人になって家屋敷を取られて今は保護世帯。相方もドロン。こんな話は今の世の中掃いて捨てるほどある。コレだけ聞いて何処の誰かと思い当たる人が十人以上は直ぐあげられるくらいありふれた話でバイヤスの必要も無いほど。問題はいったん身に付いた経済感覚をどう修正して今の経済状況に沿わせてゆくか。そしてマインドケアをどうして行くのか。何もかも失った。ではやり居なおすかと頑張る人と、落ちる所までおちたっていいと思う人と、こんなになってしまった不幸を嘆く人と、やられたらやり返せとばかり他者を標的にする人と。その反応はさまざま。その人の人生をどんな価値観を持っていき続けるのか、向き合って考えてゆく事が私の仕事になる。自分の身の程にあった生活をきちんと知ることがどれほど大切か。コレも出来ないアレも出来ないではなく、ならば何がもっとも大事で優先されるべきかを考えられるようになることが最終目的。コレが出来るコレなら出来ると自分で見つけられる事が大切なのだ。身の不運を嘆いても其処から良いものは生まれてはこないと思う。