初啼き

朝早く、うとうとしていたら鶯の初啼きを聞いた。あのこの鶯が戻ってきたようだ。
社宅の敷地に隣接して木立があって、春の間中私たちを楽しませ、和ませ一日の始まりを祝福してくれる鶯が来る。一日中さえずって、其れはまるであのこがいつも歌を歌っていた日々のようだ。あのこは最初小さな声で無意識に歌いだし段々歌に夢中になって浪々と大きな声で歌いだす。声量が半端ではないので周りがたまりかねて「もう少しボリューム下げて」と言う。はっと気が付いて小声で歌う。そのまままた大きな声になってしまう。この繰り返し。お互い笑いながらのやり取り。皆あのこの歌を聴くのが好きだったし、一日聞いていても良いくらい好きだった。今でも街のどこかであの子が歌っていた歌を聴くと、あの頃の事を思い出す。ほんとにあの子は鶯のようだったな。
 あのこがなくなって、あのこの部屋に座っているとベランダの外から鶯のさえずりが聞こえてくる。手の届きそうな梢に一羽小さな体でよく通る声で一日中歌い続けている。此処に居るから、見ているから、頑張れ。と言われているような気がした。去年は社宅周辺の林を伐採してしまったのでもう来ないだろうと思ったが、随分遅れて啼き始めそのうちカップルになって二羽で木の間を飛び交っていた。
 自分の子がガールフレンドと戯れているようで眺めては慰められた。愛しいということばを実感した。同じ個体かどうかは分からないが今年もやってきて勇気を与えてくれるような気がする。あの子が旅立った春と言う季節が、私には何とも辛くて苦しい季節だから。
春が近づいてくる為なのか、このごろいたたまれないような不安が押し寄せてくる事がある。私の心の中に何かことばにならない恐れが渦巻いているのだろう。
鎮まれ・鎮まれと念じながらゆっくりと自分の心の奥深いサンクチュアリに沈みこむ。此処には恐怖も絶望も入り込んでは来ない。エル・シャロームがある。