かつて

あれ、セキレイが屋根に

 担当していた青年がいた。担当替えで他の人のケースになっていた。心のどこかでふと「元気かな」と思うことがあった。あの時抱えていた問題は何一つ解決しないまま、問題はまた上に積み重なっていったようだった。それでも、生きていてくれるだけで心のどこかがほっとしていた。
 もう手を離れてしまった人のことを現在の担当者に聞くことはできない。それでも時々どうしているだろうかと思うことがあった。二人で乗り切っていったいくつかの忘れられないエピソードがあったケースだったから。

 慌ただしい一日が終わって、帰ろうとして車に乗った。一台の車が隣に停まって誰かが降りてきた。そして懐かしそうにペコリと頭を下げた。懐かしかった。「生きていたんだ」と思った。
 もう私のケースではないから、余計なことは何も言えない。「もう生きるの死ぬのはなくなったの?」とだけいった。「追い詰められていますけど」と答えた。ああそうなのか。そうだよなぁ・・・・それでも弾けるような笑顔だった。会えて良かった。手を求めてきた。握り返した。私の手を両の手で包んで「頑張ります」といった。そして車は走り去っていった。
 様々な障害を抱えていても、人間関係に問題があっても、今日一日を生きていくことがどんなに大変でも、「生きていきます」と繰り返し声に出して誰かに伝えることができるならば人は生きていくことができるのかもしてないと、その時思った。生きてほしいと心から願う。