書類を読む

ひよちゃん

 人の提出文書を一生懸命に読む。この人がどんな気持ちでこれを書いたのかを思いながら、それでもこの仕事に向いているかいないかを感じ取りながら読む。この人がもしこの先何年か訓練教育を受けてそして一人前になってどんな援助者になるのかを思いながら読む。訓練でどうにもならない部分もあるから、果たして訓練に時間をかけて何とかなる可能性があるのか、それとも、向いていないのかを幾通りものスケールではかり、可能性を探っていく。午前中一杯かかって,一旦別の仕事が入り、終了したのが夕方だった。お昼ごはんどころではなかった。
 教育の限界を日々感じながら、それでも人間の可能性を信じたいと願う。人は限りなく成長できるものなのだろうか。自分はどうだったのか。自分を物差しにしても何も解決しないのに。いつも思い出そうとしている。あのときの自分。何も知らず途方にくれながら、未知の何かにひきつけられるように走り出したあの一瞬の決断。それを支えたのは何だったのだろうか。
 重ねられた書類を丁寧に読みながらその時の気持ちをもう一度感じ取っていた。あの時自分が何を書いたのか覚えてはいないが、今も気持ちは変わっていない。
 人間が好きだ。人生は捨てたものではない。人間は生きていることの中で愛することを学んでいく。差し出された手を握り返すことが出来るうちに手を差し出したい。この気持ちをカタチにしながら生きてきたから。