魔女の羽

 物をなくしてもどこかにあると思うから、私は記憶をたどって必ず見つけ出す。手元に戻ってこなくても所在の検討がつくまではがんばる。見つかるまで寝ても醒めてもハンター犬のように私は記憶をさかのぼってゆく。そして最後に何処で記憶が途切れたのかを嗅ぎ当てる。実に執念深い。記憶のフィルムを巻き戻してゆく作業。
 人生の半分の時間、カウンセラーをやっていると無意識のうちに丸ごとのつながりとして記憶が戻ってくるように頭が改造されるらしい。技術的には初期の研修で会話をテープ録音しなくても逐語録に書けるように訓練をする。注意深く相手の言葉を再現するように聴くためだ。自分の言葉に置き換えないで覚えにくくても相手の言葉を記憶する。そうしてゆくと自分がいかに都合よく言葉を摩り替えて聞いていたのかが分かる。もうこれは無意識のレベルで出来るようになるまで訓練し続ける。
 私の場合はフリーのライターもやっているからインタビューの時、相手によってはメモの取れないことがある。記録されると話せなくなるのだ。そのような場合は丸ごと記憶する必要がある。そこでもまたこの訓練は必要だった。心の深みに触れる話の時は、メモを取りながら録音をしながらでは本音を聞かせてくれない場合が多い。相手の心の扉をいつでも閉じることが出来るように、半開きにしておく。いつでも閉じる自由を確保する事で安心して話してくれることが、その人の本当の気持ちに一番近いことばであるようだ。
 不思議なことだけれど、訓練は後からやってきた。私にとってそれははじめましてではなく、ああこれでよかったのだという確認だった。子供達は私を魔女だと笑う。私もまた自分は魔女でありたいなと思う。魔女とはこの世とあの世を繋ぐ流れを知っている者。人間の心の奥に命の扉がある事を知っている者。こじ開けず待つことを知っている者。そして慰めの手を持っている者。
 さて、ご飯を作って出かけるか。今夜はシンデレラにはなりたくないな。姫は風邪を拗らせてしまった。とうとう今日は休む。一日ベッドの中で山のようにコミックを積み上げてのんびりしている。今日はギュダのお通夜の日だ。丸5年が過ぎていった。過ぎていった時間は外の時間。こころの扉の中の時間は止まっている。