それぞれの一日の始まり

晩秋の日が沈む

 昨日の好天気とは打って変わってどんよりとした一日。朝、目が覚めたとき余りの暗さに時間が分からなかった。こうやって季節は確実に冬に向かっている。一体いつから季節が先に進むようになったのだろうか。子供時代母親はいつも季節の先取りをして年の仕事割をこなしていた。それはカレンダーとは違う生活の暦で、母が今何をしているかを見れば次の季節の来るころあいが分かるというものだった。あの頃今と違って何と様々な家事があったことだろう。
 秋が来ると町内のあちこちから薪きりの円鋸の甲高い音と、切った薪を更に割る斧のパシッという音が聞こえていたし、冬囲いをする姿も見られたし、遠く田んぼでは稲わらを焼く煙が流れていた。雪釣りをしたり何と沢山のことをしなければならなかったのだろうか。冬のためのしたくは秋が来ると早々に始まっていたな。
 渋柿を剥いた皮で大根をつけると麹とは又違った甘味が上品な「柿漬け」や白菜漬け、はたはたの麹漬け、ナタ漬け、沢庵・・・・・もう数え切れない。次から次と幾種類もの漬物を作っていた。そして作ったものを人に差し上げる歓びもあった。自分で生み出す母の楽しみでもあり、腕の見せ所だったのだろうな。未だに母の腕を超える漬物にお目にかかったことが無い。季節の食材をとことん生かして冬に備える知恵を母から引き継がなかったのは残念だなと思う。
 沢山のものを私は拒んできた。特に女仕事と呼ばれる家事は疎ましかったし、時間が無かった。団塊の世代に生まれたがゆえに、私達はいつも勝ち残るための努力を強いられた。競争の中に身をおかなければならないことは、自分の性格の如何をいうゆとりさえなかった。ぼんやりと死ぬまでこうやって競い合っていくのだろうかと思った。勝気ではなかった私は、自分の世界を守ることのほうを優先したし、独自性で勝負したいと思っていた。その選択が正しかったかどうかは分からないけれど。時代の流れに逆らって生きる結果となったのは事実。
 さあ今日から講話の準備をする。前倒しで物事に何とかゆとりの部分を持たせる生き方は母譲り。定刻五分前の生き方は、とろい私に何とか人並みの生き方と仕事をさせてくれた。
 今日の予定
 ★コッペに注文品を引き取りに行く
 ★午後訪問1ケース
 ★夜SV会議
 ★姫の必要品リスト作成
 ★追加金の振込み準備

その合間に講話を書き、家事をこなす。姫の旅行の準備もしなければならん。驚いたことに、研修旅行の保険料や、何やらで最終振り込み金額がまだ7万ほどあることが昨日判明。JTBの仕事のやり方は何でこんなに、トロいのかなと腹立たしい。挙句に旅行費用を間違って少なく計算しましたと追加分も入っている。あほと思った。