このごろ

mugisan2005-11-28

ある人とであった。50代でリストラにあって、今必死で仕事を探しているのだけれど、職が見つからない。家賃も滞納しているし、明日の食事にさえ事欠いている。彼だけではない。私の知っている中でも、必死で仕事を探している人の名を一気に数人以上、数える事が出来る。
 私には、今本当に景気が上向いているという実感はない。ニートと呼ばれて家から『出て行け』と親に言われるけど、出て行く当てがない、と嘆く若者がいる。働く事が嫌なのではない。人間一人生きてゆく最低限の仕事が見つからないのだ。一体この人たちの現実を個人責任と言いきれるのだろうか。
 もうすぐ寒い冬が来る。灯油が買えないのでお湯を飲んでふとんにくるまっていますというひとがいる。生活保護は、そうそう簡単にはもらえない。其処までたどり着く前に餓死してしまいそうな人たちが私の関わっている人々の中にもいる。社会福祉の谷間に落ち込んでしまった人を援助するのはたいへんな労力と根気が要る。誰がそれをやっているのかおそらく政治をつかさどっている人たちは知らないだろう。TVの中で婉然と微笑を浮かべるこの国の首長に、彼らと一日生活をともにしてくださいと訴えたい。
 私たちの感じているこの漫然とした生きることへの不安感を、あなたは自己責任と言い切るのかと問いたい。かつて国民に「いたみを分かち合え」といった君よ、今もなお痛み続けている人々の暮らしを思いやる気持ちをお持ちか。
 このふゆを越す事の出来ないであろう人を、案じる気持ちは如何か。この国は何時からこんなにすさんだ心寒い国になったのだろうか。