鮮やかな空

mugisan2005-08-30

 抜けるような青い空だ。そのくせ空の端がパールブルーにもやっている。秋だ。またひとつ季節が巡る。
 あの子が旅立った日もつらいが、あの子の生まれた日も切ない。朝6時のニュースを聞きながら私はあの子を生んだ。丸々一晩かかってやっと生まれてきた命だった。私はうまれたばかりの君に向かって「君はしばらく生きる事に決めたのだね」と言った。母体内で児心音が途絶えた事があって、医師はこのこを障害児と決めて掛かって中絶を強く勧めた。私が従わなかったので。とうとう医師は分娩に立ち会わなかった。若い助産婦が幾度も医師をコールしたが、彼は「放っておけ」と言ってこなかった。夜勤の小児科医がドアに寄りかかって腕組みして立っていた。彼は子供の死亡確認のために来ていた。私は自力で生もうと決意した。やがて子供が生まれ、彼の体に目に見える異常は見つからなかった。
 そしてこの命は16年私達の家族として一緒に生活し、旅立っていった。あの子の生涯を思うとき、あの子のおかげで私は真剣に命と向き合う仕事を自分の生涯の仕事としたように思う。
 心から「生まれてくれて有り難う」と思う。あの子は私の一番つらい時期に生まれ一番苦しい時期をともに生きてくれた。目に見える守護の天使だった。子供を育てるという事は、自分の命を燃やしてゆく事だと思った。あの子がくれた日々の記憶がマダ薄れずに私の中にある。こうしてこの日あの子が生まれてからの事が次から次へと浮かんでくる事が、私と彼とのかかわりの深さだと思う。彼も懸命に生きた。私もまた懸命に生きた。それでよい。お互いに走るべき道を走り、生きるべき時間を分かち合った。それが全てなのだ。
 今日はこれから中学校に行く。彼のいた学校。娘の通う学校。痛みがないといえば嘘になる。それでも階段を上るとき、扉に手をかけるとき、かつて彼の手がココに触れたような気がする。過去の一点に凝縮された彼の記憶と時を経て自分の現在が重なり合うような手触り。娘は夕べ深夜まで起きていて、朝は調子が悪くて学校を休んでいる。