石垣りんさんなくなる

好きでした。あなたの、きりりとした姿勢がとても好きでした。だから娘達が物心付いた時、詩集をそっとプレゼントしました。女が生きることの切なさを、さらりと生きてみせる潔さが眩しかった。
 あなたの詩の言葉は、夫の母親を思い出させる。なくなる直前まで自分を失わない人だった。結婚3年目で亡くなってしまった義母は私にとって道しるべだった。義母にあいたくなる時、私はあなたの詩集を開いた。茨木のりこ、新川和江、、、次々と数え上げてゆけば女流詩人の豊かな流れに行き着く。現実の中で出会うことのできない幻の女達に、私は言葉の流れに身を浸してめぐり逢った。
 あなたは「表札」の中で焼き場で自分の名を他人が書くことをさらりと言ってのけている。私はこの言葉を心に引っ掛けて生きてきた。他人に書かれる名前はろくな事がない。自分の生き方に責任を持てとあなたは言い続けた。私もまた、責任を取る立場にさえ立てない女の人生を沢山見てきた。娘達には、自分の名前を自分で書いて生きる人になって欲しかった。
 やがて来る女達に向けてあなたが伝えたかったもの。こつこつと銀行の一行員として定年まで勤め上げて、長い間絶版だった詩集が、近年 文芸出版とは一味違う一般書店から出版された。絵本屋からポケット詩集が出た。婦人の友社からも何人かの詩人の作品と共にまとめられて世に送り出された。そして、あなたが望んだように、少女達、主婦達の手の届くところにひっそりと置かれている。
 この十年あなたは新しい言葉を紡ぐ事はなさらなかった。もう言葉を吐き出し、糸にして織り上げる作業はあなたの健康には過酷過ぎたのかも知れませんね。あなたの沈黙を閉じ込めたままあなたの詩集は閉じられてしまいました。
 私はあなたの詩集をかばんに入れて、もう少し先まで行ってみようと思っています。ありがとうございました。ではまたお目にかかる時までごきげんよう
   石垣りん